宮崎駿の「風立ちぬ」を観た
堀越二郎のゼロ戦と堀辰雄の節子と菜穂子がほどよく混ざり合い、「堀」で固めた駿府城は簡単には墜ちなかった。
前にも触れたが、僕の親父は紫電改の一部を設計した人間で、主人公が他人とは思えないところがある。それだけにその時代に生きた自分の分身のようなものを感じ、大きく感動をもたらした。色々言われているが、素直に良い映画だったと思う。
確かにこの映画に「トトロ」や「千と千尋」のような、子どもから高齢者までもグイグイ引きずり込むようなパワーはない。ただそれだけにリアルであり、そこに自分が居たら何を感じたんだろう、などとイマジネーションが他作品より数倍膨らむ。
宮崎駿さんが「自分は一介のアニメーターだ」のような発言をした記憶がある。それは僕も前から感じていたことで、宮崎作品はどんなにテーマやストーリーが素晴らしくても、世界観や主張が素晴らしくても、アニメーションの表現力が弱ければ全く評価されていないかもしれない。それは「ゲド戦記」を観ると可哀想なくらいにアニメの力の差を見せつけられてしまった。
宮崎さんは基本的に飛行機と女性を描きたかった。それをしっかり描くことで主人公を表現できる。「戦争をどう考えるか」「どう生きていくか」などとテーマが深いところにあって全てがそれに沿って作られているように思われているが、実はそれはキャラとその周りをしっかり描くことでテーマは自然に深まっていく事だと思う。「生きねば」などとただ台詞で言っただけではなんの説得力もない。「生きねば」と思わせる世界をどれだけ丁寧に描ききるかが大事だと思う。こんな当たり前の話を諄いと思われるならゴメンナサイ。
引退を表明していたけれど、毎回聞いているような気がする。70過ぎた作曲家が交響曲はしんどいからもう書かないと言うかも知れないけれど、音楽を止めるとは言わないだろう。いや、やめられるはずはない。宮崎さんもアニメーションから手を引くとは言っていない。ただもはや「トトロ」や「千と千尋」のようなものを期待されても困るというのも本音だと思う。だから期待はしないで、そっと楽しみにしているのが一番良いのでは・・・。
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