COSMOS
<COSMOS>この本を最初に読んだのが1980年頃ではなかったか?
上下巻の単行本として売られたカール・セーガンのベストセラーだ。
もともと(知識はないけど)SF好きで宇宙好きで、世紀末の地球がどうなっていくのか、自分は何をやっていくのか、と考えを巡らせていたところに、この書物はタイムリーだった。
これはもちろん宇宙の解説書であるが、人類が空を見上げて何を考えてきたのかという哲学の解説書だ。それは今までの宇宙解説書には見られなかったことで、この事によって自分の哲学観と結びついて生きる糧、そして音楽をやっていく糧となった。
簡単に言うと「宇宙は何で在るのか?」「私たちはどこからやって来たのか?」「どこへ行こうとしているのか?」「私は何で居るのか?」この答えを見つけ出すのが自分の生きることだと思った。
科学的見地に暗く、数学的にも物理的にも明るくない僕が一つだけ得意技がある。それは楽器を弾くことだ。それも極めて根源的な楽器を。
この本に数多く登場するのが、三平方の定理で有名なピュタゴラスだ。彼はセーガンによると最初に地球は丸いと言い、宇宙をCOSMOSと呼んだ最初の人らしい。
ピュタゴラスは若い頃ゾロアスター教の影響を受けたらしい。ソロアスター教徒が共鳴箱を持った今のギターや琴系の楽器の発祥と関係していることがその地域と時代の符号により明らかで、ピュタゴラスが西洋的音階というものに理論付けした初めての人間だというのも、その流れを踏んでいると感じられる。
ただ簡単に言えば純粋科学で実験を好まない。中心から全て均等だから円は美しい。星の軌道も形も全て円でなっている。
数が全てと言ってもピュタゴラスの数は全て分数のようなものだ。つまり1+1=1、3+3=1、とロバの音楽座の歌のような事になってくる。なんでも円の淵に描かれて3は3等分、5は5等分、この比率こそがハーモニーで、今でいうピタゴラス調律となった。
この誌面?で全てを書き切れはしないのだが、結果として僕のCD作品のテーマの多くは宇宙と交信にある→(注)。僕の宇宙観ではどこにベガがあり膨張宇宙はどこまで行っているなどとはどうでも良い。ピュタゴラスの様に楽器と想像力のみで宇宙を渡り歩く人間になりたい。それほどこの部分に特に影響を受けたものだ。
まあこんな話題が星の話の前に山のように出てくる。はっきり言って星の科学的話は3割程度で、ほとんどはこんな逸話で成り立っている。
たまたま本屋で見つけて思わず1時間も立ち読みしてしまい、さすがに上下巻は重いので電子本で買おうと思ったら、なんとこのベストセラーが作られていないとのこと。しかも紙の方は絶版状態らしい。(かろうじて再版していない本をamazonで買える)思わずピュタゴラスが集中している下刊を買いに戻った。
どうやら35年前と今とでは宇宙論が古いから読ませたくないという意見があるらしい。
まあ書いてある事が古いというのはよく解る。ではアルキメデスやケプラーはもう読まれなくなるのか?そうではないだろう。むしろその思考の過程が解るからこそ、時代が解るからこそ価値があるのでは無いか?(僕は小さい頃家に残っていた南京やリオが首都だった地図が宝物だった)
更に言えば、この本に変わる現代のCOSMOSは在るのか?素晴らしい書物は生まれているかも知れないけれど、COSMOSはあくまでセーガンの私的な叙事詩だ。この本を絶やすことは人類の大きな遺産を失うことだと思う。
(注)CD=KOTODAMAの最初の曲{kotodama] はピュタゴラスの惑星音階のうちのどれかを捩ったものだが、どの星のものだったかは忘れてしまった。セーガンのCOSOMOSの図鑑からの記憶だが、もうその本は見つからない。CDの試聴はこちらへ
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